DX人材になるために必要な自助学習とは?
ニュースにて、お知らせいたしましたが、カーネギーメロン大学のMorris H. DeGroot教授とMark J. Schervish教授による統計学の教科書「Probability and Statistics」の翻訳書籍が、『デグルート&シャービッシュ 確率と統計 原著第4版』[1]として、3月8日に共立出版より、出版されました。同書は、1975年の初版以来、アメリカの大学学部教育において、確率・統計学のスタンダードな教材として使用されている教科書です。良い書籍と呼ばれるものには、大きく、その時代に台頭している新たな事象や理論の提唱・考察を主題とするものと、時代に風化しない理論・観念を(特定な視点から)体系化した後世にも引き継がれる書籍の2つがあると思いますが、本書は後者に相当し、その日本語版の翻訳に携われたことは有難く、出版に向け、粘り強く監修していただいた、先生方には大変感謝しております。また、翻訳作業に従事していたころは、勤務に支障がなきよう、朝4~5時から業務開始前の時間と夜9時以降の時間、海外出張等の移動時間や週末に集中作業していた半年間も良き思い出です。
書店に並ぶ数理統計に関する書籍も、原著(第4版)が出版されて以来、ここ10年で、大分、様変わりしました。2000年中頃からのデータサイエンスブームに加え、2010年頃からの機械学習/深層学習を中心とするAIブームから、近年ではDXへとデータ分析の社会ニーズが急拡大したため、書籍のコンテンツも、ノウハウ的なものやOne-point的なものが、大勢を占めるようになってきました(実務家には便利にはなりました...)。一方で、初学者や学び直しを希望している方々にとって、取りつきやすい書籍が見えなくなったように思います。もちろん、その道の大御所による専門的に記述された伝統的な教科書は今でも利用できますが、正直なところ、ハードルが高いと思います。このようなことを顧みると、この時期だからこそ、本書のような取り掛かりやすい”優しい教科書”(”易しい”ではありません)の価値は大きいと感じています。
昨今、メディアにおけるDXスキル人材の不足と人材教育の重要性に関する話題は枚挙にいとまがありませんが、その多くは、大学教育体制やカリキュラムの変更、新たな企業DX人材教育システムの導入等に関するものであるように見えます。もし、DXスキル人材教育に公助及び自助というものが定義できるとすれば、大学教育等の公助的なシステムは、どちらかと言うと”次世代人材”の育成を目的としているように思えます。私も、自分自身でもやってみなければ、データサイエンスやAI及びDXに関する社会の動きは見えないとの考えから、様々な機会で、若い世代の方々と勉強させて頂いてますが、ここ5年位で、若い世代のDX人材は大分増えつつあることを実感しております(もちろん、まだ、十分ではありませんが...)。
一方、社会・企業におけるDXを加速するには、現場の意思決定を担うシニア層やマネージメント層のDXのリテラシーやスキルの養成が重要ですが、私が携わっている業務から見る限り、こちらの方は進展が遅いとの感はいがめません。いわゆるリカレント教育にあたりますが、これは、公助的なシステムのみではなかなか難しいのではないかと考えています。その原因のひとつとして、シニアマネジメント層の方々は、リカレント教育の時間がとれないことに加え、多くの方々にとって、スキル以前に知識のファンダメンタルの再構築が必要であることがバリアのひとつになっているように思えます。
昨今、DXの実現において、STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)人材が重要であるとも言われていますが、特化した知識の必要性を説いているわけでなく、素養となる知識のファンダメンタルの重要性を意味していると考えられます。そして、そのファンダメンタルとして、具体的には、「確率と統計」、「線形代数(ベクトル、行列)」、「解析学(微積分)」が挙げられるかと思います。実際、身近な実務課題に取り組むとわかるのですが、スキルレベルを超えて、アナリティクスやAIの実際、DX事例等の本質を理解しようとすると、アドバンスなレベルは不要ですが、これらの知識が必要になります。
東洋経済によれば、企業組織における役員における理系比率は、最も高い電気・ガス業でも、40%弱にすぎません[2]。おそらく、実際の現場の意思決定を担うシニア層やマネージメント層においては、さらに、圧倒的に文系のバックグラウンドの方が多いのではないでしょうか?もちろん、文系バックグラウンドの方にも、3つのファンダメンタルに長けている方々もおられますが、私が様々な機会で、御伺いしている限りでは、多くの方々が、データ分析やプログラミングスキルの土台となる、ファンダメンタルに対する自助学習の必要性を感じておられるようです。
私自身も、20年以上前に、うだつの上がらない電子材料研究員/エンジニアから、アナリストへ転身する際、財務、戦略、マーケティング等のファンダメンタルがまったくなく、自助学習で大分苦労した経験があります。その後、自助学習の知識をベースとし、ビジネススクール(公助学習)への入学に至りましたが、再び時代の節目に際し、ファンダメンタルの転換が必要とされる時代でのビジネスパーソンのリカレント教育には、さまざまな公助教育の機会の利用とともに、自助学習による新たなファンダメンタルの構築が必要不可欠であると実感しています。 私自身、一方的な価値観で書籍を押し付けられることは好みませんが、DX時代への対応として、本書が「確率・統計」について自助学習を目指す方々の参考になれば、何かの縁で刊行に携わらせて頂いた者として、嬉しい限りです。
【参考文献/サイト】
[1]『デグルート&シャービッシュ 確率と統計 原著第4版』:Morris H. DeGroot ・Mark J. Schervish 著、椿 広計・大野 忠士・領家 美奈監訳、浅野 美代子・上原 宏・大野 忠士・小川 貴史・髙井 勉・髙橋 沙織・成田 俊介・元山 斉・領家 美奈訳、共立出版、2022年3月
[2]"役員の「理系比率が高い」500社ランキング"、東洋経済オンライン