最近,SNSにより過剰な情報に晒される今日,一旦,情報への反応を抑えてみると,本質が見えてくることを,随所で感じています。半導体産業を巡っても,前回の投稿から様々な出来事がありましたが,俯瞰して見れば,想定していた視野の範囲での動きのようにも思えます。ワイルドカードとして指摘した米中の覇権争いに立脚する半導体産業の分断は,具体的な主要国及び経済圏の貿易政策として明確になり,日本も,米国及びオランダと足並みをそろえ,先端半導体の製造装置に関わる23品目の輸出管理の厳格化及び施行を発表[1],また,最近の報道では,中国のインターネット規制当局は、米半導体大手マイクロン・テクノロジーの製品について、中国国内の重要な情報インフラ事業者による調達を禁じることを発表し,反発措置とも見られる動きも出てきています[2]。さらに,台湾有事を巡る半導体産業への影響についても,懸念が深まっており,米情報機関トップであるヘインズ国家情報長官は,中国による侵攻の影響で,台湾の半導体生産が停止した場合,世界経済は最大で年間1兆ドル(約134兆円)規模の打撃を受けるとの試算も,連邦議会上院の軍事委員会の公聴会で明らかにしています[3]。
現在,半導体市況は電子機器のコロナ特需の終焉と経済減速の懸念を背景に在庫調整の時期にありますが(これも,懸念していた視野の範囲と言えるでしょう),その一方で,経済安全保障の懸念から,次世代半導体技術と自国での生産能力の増強への投資計画が急増しました。この潮流から,今後は,技術開発・設備投資から人材の確保・育成の問題がクローズアップされると見られます。2000年以降,台湾,韓国を除く,多くの主要産業国は,半導体生産のバリューチェンの大部分をアウトソーシングしてしまったため,大学等の教育機関による半導体産業への人材教育は大きく後退してしまいました。このため,昨今の半導体生産施設の増強計画に伴う労働不足は,数年前から懸念されており[4],パデュー大学の電気・コンピューター工学のピーター・バーメル教授は「半導体分野の成長が限られているとしても、今後5年間で最低50000人の(米国内で)雇用が必要になる」と述べています[5]。
こうした状況から,大手半導体企業は,人材確保も念頭に,主要大学での研究開発や連携に力を入れています。米国インテル社は複数の主要大学と連携を強化しており,オハイオ州立大学は、同社からの資金を一部として,州内の10の大学にまたがる高度な半導体製造研究と教育のための新しい学際的なセンターを主導しています。また,ファウンドリであるSkyWater
Technologyは、インディアナ州ウェストラファイエットの工業団地に8億ドルのファブを設立しますが,Purdue大学は、連携して,学部生と大学院生に半導体業界に必要なコアスキルを習得するための新しい学際的な半導体学位プログラムを開始しました[5]。その他,米国では様々な大学や研究機関との連携が報告されていますが,オペレーターと現場技術者の確保には,高等教育機関のみならず,コミュニティカレッジとの連携も重要視されています。こうした動きは,他国の半導体産業でも同様であり,韓国では,半導体人材育成戦略として「半導体関連人材育成方案」を公開し、2030年までに15万人の半導体人材を育成すると宣言しており,①大学・大学院における半導体学科定員の拡大、②大規模の半導体R&Dプロジェクトを通じた産学官連携の強化、③大学を中心とする半導体人材育成拠点の構築が目標とされています[6]。また,台湾では,人材育成や研究開発プロジェクト以外にも,半導体の人材育成を目的として,「リスキリング講座」の大規模な支援を進めており,台湾各地の大学で,基礎から応用まで半導体関連の知識を学べる授業が開設されていると報告されています[7]。
こうした半導体産業におけるグローバルな人材育成は,今後,益々活発になると期待されますが,必要な人材育成には2つの側面があると考えられます。1つは,現在,注力されている計画を遂行するために必要な人材早期育成であり,2つ目は,中長期的視野に立った,今後の半導体産業の復興及び発展をリードする次世代人材の育成です。最近では,生成AIなどの浸透もあり,DXにおける半導体の重要性がさらにクローズアップされています。実際,Googleに次いで,MetaもAI学習を高速化するために自社開発したASIC(MTIA)及び、映像処理用ASIC
(MSVP)を発表し[8],また,近年,SambaNova,Graphcore等のAI半導体新興企業の動きも活発化しています。こうしたDXの加速と大きく相関した企業活動の流れは半導体エコシステムへ影響を及ぼし,中長期的には半導体産業は変革してゆくと予想されます。そして,そこでは,新たな知識,スキル,過去と違ったThoughtleader
Shipを備えた次世代の産業リーダーの育成が重要となるでしょう。また,新たな人材のニーズは,エンジニアにとどまらず,企業戦略,マーケティング,セールス等の広い分野に渡ると考えられます。半導体産業の復興及び発展を期待するならば,こうした新たな産業リーダーの育成が不可欠であり,今後は,2つ目の視野を意識した人材育成のニーズが高まるものと考えられます。
わが国の半導体産業人材の育成政策においては,文部科学省が半導体技術を基にした付加価値の高いサービスを提供し、日本の競争力を高めることを目的として,「次世代X-nics半導体創生拠点形成事業」を創生しており,東京大学,東北大学,東京工業大学による独自のプロジェクトが採択されています[9]。さらに,九州,東北,広島など,半導体企業と地域産業が密接に連携している地域では,三重大学[10]や熊本大学[11]等が人材育成の一役を担い,企業との連携のプログラムを設立しています。しかしながら,他国の動きと比較すると,規模的にはかなり限定的であることはいがめません。また,これらのカリキュラムはエンジニアリング教育の側面が強いですが,労働力の創出に留まらず,どれだけ,前述した次世代リーダーの輩出(特にビジネスマネジメントの分野)に貢献するものとしてデザインされているかは未知数です。半導体産業の復興を目指すならば,テクノロジーのみならず,今後,中長期的な半導体産業の変革下で必要となる,新たなリーダー人材像を再定義し,新たなカリキュラムを創設する必要があると思います。
同時に,半導体産業が若い世代にどのように映るのか?をも十分考慮しなくてはなりません。限られたサンプリングですが,私が学生さんから受ける感覚では,各国が半導体産業人材の育成に巨額な資金が投入されている現状と対象となる若い世代の半導体産業への関心には,乖離があるように思えます。このことは他国でも同様な傾向が見られ,中国においても,政府は半導体産業の強化に熱心な一方,学生の関心はそれほど高くないという報告もあるようです[12]。現状,米中間の覇権争いを背景とする,この主要国の半導体産業復興のブームがどれだけ続くのか?という疑念もあるのに加え,近年では,半導体市況の低迷から,インテル,グローバルファンドリーズ,マイクロン・テクノロジー,ラムリサーチ等の大手企業では,雇用調整に動いています。半導体産業は過去から需要サイクルに応じて,"Hire-And-Fire
"を繰り返しており,今後も避けられない"産業のネイチャー”として続くのであるならば,IT人材全般が不足する中,優秀な人材の確保は難しいでしょう。今後,グローバルに展開が予想される半導体産業の次世代人材の育成・確保の競合においては,教育資金や優遇措置のみならず,Sustainableな自己成長が期待できる”新しい産業成長ビジョン”と”Wannabe"と映るような”新たな産業リーダー人材像”をアピールできるかがKSF(重要成功要因)になると考えられます。
<参考サイト>
[1]半導体輸出規制、7月施行 23品目対象、経産省が省令改正(日本経済新聞,2023年5月23日)
[2]米半導体大手製品の調達禁止=G7に反発か―中国(時事通信,2023年5月21日)
[3]台湾有事で半導体停止「130兆円の打撃」 米情報機関(日本経済新聞,2023年5日)
[4]Stephanie Yang, Chip Makers Contend for Talent as Industry Faces Labor
Shortage, Wall Street Journal, Jan 2, 2022
[5]Prachi Patel, U.S. UNIVERSITIES ARE BUILDING A NEW SEMICONDUCTOR WORKFORCE,
IEEESpectrum, May 13, 2023
[6]10年間で15万人の人材を育成し、半導体スーパーギャップをリードする(korea.kr, 2022年7月19日)
[7]台湾 半導体の人材戦略 リスキリング講座も開設(NHK, 2023年3月8日)
[8]Katie Paul and Stephen Nellis, Meta announces AI training and inference
chip project,Reuters, May 19, 2023
[9]文部科学省,次世代X-nics半導体創生拠点形成事業について, 2022年4月
[10]半導体・デジタル未来創造センターを設置します(三重大学,2023年3月23日)
[11]先端科学研究部附属半導体研究教育センターが設置されました(熊本大学,2022年4月1日)
[12]Matthew Humphries, Chinese Students Say Chipmaking Is 'Too Hard and Not
That Well-Paid', October 5, 2022