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学食ーHere & There

 あっという間に、今年も終盤になってしまいましたが、今後の投稿へのリハビリを兼ねて、どうでもいい話題を書きます。最近、講義や研究会等で、大学のキャンパスを訪れる機会が増えたのですが、その折には、よく学食を利用します。東京国際大学の池袋キャンパスには、毎週、講義に出向くのですが、私の講義は午前中で終わるので、ランチは、時間をずらせば、比較的ゆったりと大学のカフェテリアで摂ることができます。池袋キャンパスのほとんどは、E-track(英語による講義)の学生さんで、日本人の方が少なく、留学生比率が70%程度、約1600名の在籍数で、国際色豊かなキャンパスです。そのため、キャンパスビルの1階のインターナショナルカフェでは、様々な多国籍メニューのランチが提供され、お昼時の混雑時には、海外のカフェテリアのような風景です。価格も学生・教職員は、~600円程度で、上質で美味しいランチをエンジョイすることができます。ビール等のアルコール類がメニューにあるのには、驚きましたが、お世話頂いた先生に訊いたところ、外部の人も利用可能なので提供しているが、夕方からの提供で、飲酒者はキャンパス内には入れないとのことでした。

 また、海外に出向いた際にも、地元の大学のローカルキャンパスを探すことは、どこに行っても、さほど難しくなく、価格も安く、安心なので、しばしば、訪れます。数年前、国際会議で、オーストラリアに出向いた時、久しぶりに、ゴールドコーストのボンド大学のキャンパスを訪れました。メニューが少なく、決して美味しいとは思えなかったハンバーガーをよくかじった、あの頃のスタンドが、お洒落な、スッキリとしたカフェテリアに様変わりしていたのは、時の流れを感じさせます。同じく、クイーンズランド工科大学の植物園に隣接されているキャンパスには、ゴージャスなBarがあり、時折、ジャズコンサート等が開催されているようで、まったく羨ましい限りです。

 さらに、何かとお世話になった、筑波大学でも、筑波キャンパスに出向いた際には、学食を利用させてもらっています。広大なキャンパスには、様々な学食・カフェテリアが点在していますが、中には、簡素なテーブルと椅子の殺風景な建屋で、見慣れたプラスティックの食器に盛られた定食メニューを提供する食堂も残っており、私のような昭和世代には、まさに、味わい深いものがあります。

 そんな昭和レトロな食堂においても、留学生の学生さんの姿の多さが目を引き、私には、何か、ハイブリッドな景色に映りますが、これも、令和の大学事情を反映したキャンパスの日常風景なのでしょうか?大学毎に様々な学食模様ですが、今後も感謝しつつ、しばし、学食ライフもエンジョイしたいと思っています。

2024年12月07日

米国大統領選挙の暫定結果を見てみると... Again!!

 普段の業務では、ライティング作業が多いので、こちらの方は、大分、ご無沙汰してしまいましたが、大学での講義の雑談ネタも兼ねて、久々に投稿します、まだ、完全に結果データはでておりませんが、先般の米国大統領選挙の結果は、大方の世論調査の接戦予想に反して、トランプ候補の早期の勝利となる見込みで、今後、最終結果とともに、より詳しい分析が行われるものと想像しますが、すでに、世論調査の正確さへの議論が始まっているようです[1][2]。

 前回の大統領選挙(2020年)の際にも、紹介しましたが、私は、政治学には素人ですが、アイオア大学のLewis-Beck教授らが提唱しているPolitical Economy Model(PE model)の結果に興味を持って結果予想を見ています。大統領選挙予測の方法は、大別して、各調査機関が行う調査に基づく予想と様々な説明変数を導入したモデル予想(あるいは、両者の組み合わせによる)ものが見られますが、同教授らによるモデルは簡素なモデルで、数式自体は、中高校生にもわかる、重回帰式で、政権政党の得票率は、政権政党の人気と直近の経済成長で表されるというものです。興味のある方は是非、原論文[3]を見ていただきたいのですが、ここで、現政権政党の人気は、Gallup調査のapproval rating(7月)の値、直近の経済成長は、選挙年の最初の2四半期のGNPの値を用いています。きわめて、シンプルなもので、同式の得票率の予測信頼性については、予測値の信頼区間の議論があるので、考慮が必要ですが、過去19回の大統領選挙(1948年~2020年)における、勝利政党の的中回数は、17回となっています。また、米国大統領選挙においては、各州の代表選挙人の獲得が、実際の勝敗を左右しますが、同教授らの研究では、政権政党の候補の選挙人獲得シェアと、先ほどの政権政党の得票率の間には、強い相関があり、一次回帰式で表され、過去の選挙での当てはまりは、決定係数R2で、0.93であることが報告されています。

 さらに、同教授らは、なぜ、世論調査での予測が難しいのか?をも、別な論文[4]で考察しています。詳細な要因が指摘されていますが、大きな要因は、投票人の分布を十分に反映できるような調査サンプルを得ることが、難しいことが挙げられています。適切な世論調査は、できるだけ投票人の分布を代表できるような階層サンプリングを行う必要がありますが、コストや時間の制約から、現状、用いられているRandom digit dialing(RDD)調査では、十分なサンプル数を得ることが難しい上、回答への信頼性や様々なバイアスが混在しやすく、また、オンライン調査は、低コストではあるが、十分なパネルメンバーの確保や登録バイアスの問題が述べられています。

 今までの議論に加えて、2024年の選挙予測に対しては、オリジナルのモデルから、誤差を生成する可能性のある要因―経済変数、コロナの影響、政権政党への優位性を加味した、改良モデルによる評価が検討されています[3]。ここで、新たに検討された7つのモデルとは、1)GNPの代替えとして、失業率、個人可処分所得、インフレ率を用いる 2)コロナの影響を考慮し、経済成長及び政権政党の人気の変数にダミー変数を入れる 3)経済成長に政権政党のダミー変数を入れる 4)3)の条件をさらに細分化して、ダミー変数を入れる、のモデルを検討しています。同モデルの過去のデータの当てはまりの評価では、決定係数R2で、0.70~0.86の範囲となり、また、2024年8月29日の時点でのデータを用いた、政権政党の得票数のシェア%は、48.1~49.1%となることが示されています。モデルの予測の議論は、前述したような考慮が必要ですが、ちなみに、最も当てはまりの良かったモデルを使い、2024年8月29日時点での、現政権政党の得票数のシェア%は、49.1%、現政権政党の候補者の選挙人の獲得数を算出してみたところ、223人となります。まだ、最終結果数は確定していませんが、AP通信社(11月10日、11:25 JST)では、政権政党の得票数のシェア%は、47.9%、現政権政党の候補者の選挙人の獲得数 は226人とリリースされていますので[5]、政権政党の得票数のシェア%については、やや開きが見られますが、勝利政党候補者については、どのモデルでも、2024年8月29日時点で、現状を示唆していたようです。

 昨今、ビックデータを用いたコンピュータパワーに任せたアルゴリズム予測に注目の大勢がありますが、同時に、機械的な予測を鵜呑みにする危惧と、シンプルだが、本質を吟味するデータ分析の重要性を再認識してゆくことが必要であるように思います。

 

 

<参考サイト>

[1] N. Sherman: “Did the US election polls fail?” , BBC News (Nov.8,2024)
[2] 読めない勝者、大接戦の米大統領選 統計分析や賭けサイトも予想割れ,毎日新聞、2024/11/6 05:30(最終更新 11/6 14:00)
[3]C. Tien and MC. Lewis-Beck: THE POLITICAL ECONOMY MODEL: PRESIDENTIAL FORECAST FOR 2024
[4] N. Jackson, MS. Lewis-Beck and C. Tien: Pollster problems in 2016 US presidential election: vote intention, vote prediction, Italian Journal of Electoral Studies, 83(1), pp17-28,2020
[5] AP’s essential role in elections

 

 

2024年11月10日

次世代半導体産業へ向けた人材育成/確保に必要なものとは?

 最近,SNSにより過剰な情報に晒される今日,一旦,情報への反応を抑えてみると,本質が見えてくることを,随所で感じています。半導体産業を巡っても,前回の投稿から様々な出来事がありましたが,俯瞰して見れば,想定していた視野の範囲での動きのようにも思えます。ワイルドカードとして指摘した米中の覇権争いに立脚する半導体産業の分断は,具体的な主要国及び経済圏の貿易政策として明確になり,日本も,米国及びオランダと足並みをそろえ,先端半導体の製造装置に関わる23品目の輸出管理の厳格化及び施行を発表[1],また,最近の報道では,中国のインターネット規制当局は、米半導体大手マイクロン・テクノロジーの製品について、中国国内の重要な情報インフラ事業者による調達を禁じることを発表し,反発措置とも見られる動きも出てきています[2]。さらに,台湾有事を巡る半導体産業への影響についても,懸念が深まっており,米情報機関トップであるヘインズ国家情報長官は,中国による侵攻の影響で,台湾の半導体生産が停止した場合,世界経済は最大で年間1兆ドル(約134兆円)規模の打撃を受けるとの試算も,連邦議会上院の軍事委員会の公聴会で明らかにしています[3]。

 現在,半導体市況は電子機器のコロナ特需の終焉と経済減速の懸念を背景に在庫調整の時期にありますが(これも,懸念していた視野の範囲と言えるでしょう),その一方で,経済安全保障の懸念から,次世代半導体技術と自国での生産能力の増強への投資計画が急増しました。この潮流から,今後は,技術開発・設備投資から人材の確保・育成の問題がクローズアップされると見られます。2000年以降,台湾,韓国を除く,多くの主要産業国は,半導体生産のバリューチェンの大部分をアウトソーシングしてしまったため,大学等の教育機関による半導体産業への人材教育は大きく後退してしまいました。このため,昨今の半導体生産施設の増強計画に伴う労働不足は,数年前から懸念されており[4],パデュー大学の電気・コンピューター工学のピーター・バーメル教授は「半導体分野の成長が限られているとしても、今後5年間で最低50000人の(米国内で)雇用が必要になる」と述べています[5]。

 こうした状況から,大手半導体企業は,人材確保も念頭に,主要大学での研究開発や連携に力を入れています。米国インテル社は複数の主要大学と連携を強化しており,オハイオ州立大学は、同社からの資金を一部として,州内の10の大学にまたがる高度な半導体製造研究と教育のための新しい学際的なセンターを主導しています。また,ファウンドリであるSkyWater Technologyは、インディアナ州ウェストラファイエットの工業団地に8億ドルのファブを設立しますが,Purdue大学は、連携して,学部生と大学院生に半導体業界に必要なコアスキルを習得するための新しい学際的な半導体学位プログラムを開始しました[5]。その他,米国では様々な大学や研究機関との連携が報告されていますが,オペレーターと現場技術者の確保には,高等教育機関のみならず,コミュニティカレッジとの連携も重要視されています。こうした動きは,他国の半導体産業でも同様であり,韓国では,半導体人材育成戦略として「半導体関連人材育成方案」を公開し、2030年までに15万人の半導体人材を育成すると宣言しており,①大学・大学院における半導体学科定員の拡大、②大規模の半導体R&Dプロジェクトを通じた産学官連携の強化、③大学を中心とする半導体人材育成拠点の構築が目標とされています[6]。また,台湾では,人材育成や研究開発プロジェクト以外にも,半導体の人材育成を目的として,「リスキリング講座」の大規模な支援を進めており,台湾各地の大学で,基礎から応用まで半導体関連の知識を学べる授業が開設されていると報告されています[7]。

 こうした半導体産業におけるグローバルな人材育成は,今後,益々活発になると期待されますが,必要な人材育成には2つの側面があると考えられます。1つは,現在,注力されている計画を遂行するために必要な人材早期育成であり,2つ目は,中長期的視野に立った,今後の半導体産業の復興及び発展をリードする次世代人材の育成です。最近では,生成AIなどの浸透もあり,DXにおける半導体の重要性がさらにクローズアップされています。実際,Googleに次いで,MetaもAI学習を高速化するために自社開発したASIC(MTIA)及び、映像処理用ASIC (MSVP)を発表し[8],また,近年,SambaNova,Graphcore等のAI半導体新興企業の動きも活発化しています。こうしたDXの加速と大きく相関した企業活動の流れは半導体エコシステムへ影響を及ぼし,中長期的には半導体産業は変革してゆくと予想されます。そして,そこでは,新たな知識,スキル,過去と違ったThoughtleader Shipを備えた次世代の産業リーダーの育成が重要となるでしょう。また,新たな人材のニーズは,エンジニアにとどまらず,企業戦略,マーケティング,セールス等の広い分野に渡ると考えられます。半導体産業の復興及び発展を期待するならば,こうした新たな産業リーダーの育成が不可欠であり,今後は,2つ目の視野を意識した人材育成のニーズが高まるものと考えられます。

 わが国の半導体産業人材の育成政策においては,文部科学省が半導体技術を基にした付加価値の高いサービスを提供し、日本の競争力を高めることを目的として,「次世代X-nics半導体創生拠点形成事業」を創生しており,東京大学,東北大学,東京工業大学による独自のプロジェクトが採択されています[9]。さらに,九州,東北,広島など,半導体企業と地域産業が密接に連携している地域では,三重大学[10]や熊本大学[11]等が人材育成の一役を担い,企業との連携のプログラムを設立しています。しかしながら,他国の動きと比較すると,規模的にはかなり限定的であることはいがめません。また,これらのカリキュラムはエンジニアリング教育の側面が強いですが,労働力の創出に留まらず,どれだけ,前述した次世代リーダーの輩出(特にビジネスマネジメントの分野)に貢献するものとしてデザインされているかは未知数です。半導体産業の復興を目指すならば,テクノロジーのみならず,今後,中長期的な半導体産業の変革下で必要となる,新たなリーダー人材像を再定義し,新たなカリキュラムを創設する必要があると思います。

 同時に,半導体産業が若い世代にどのように映るのか?をも十分考慮しなくてはなりません。限られたサンプリングですが,私が学生さんから受ける感覚では,各国が半導体産業人材の育成に巨額な資金が投入されている現状と対象となる若い世代の半導体産業への関心には,乖離があるように思えます。このことは他国でも同様な傾向が見られ,中国においても,政府は半導体産業の強化に熱心な一方,学生の関心はそれほど高くないという報告もあるようです[12]。現状,米中間の覇権争いを背景とする,この主要国の半導体産業復興のブームがどれだけ続くのか?という疑念もあるのに加え,近年では,半導体市況の低迷から,インテル,グローバルファンドリーズ,マイクロン・テクノロジー,ラムリサーチ等の大手企業では,雇用調整に動いています。半導体産業は過去から需要サイクルに応じて,"Hire-And-Fire "を繰り返しており,今後も避けられない"産業のネイチャー”として続くのであるならば,IT人材全般が不足する中,優秀な人材の確保は難しいでしょう。今後,グローバルに展開が予想される半導体産業の次世代人材の育成・確保の競合においては,教育資金や優遇措置のみならず,Sustainableな自己成長が期待できる”新しい産業成長ビジョン”と”Wannabe"と映るような”新たな産業リーダー人材像”をアピールできるかがKSF(重要成功要因)になると考えられます。

 

 

<参考サイト>

[1]半導体輸出規制、7月施行 23品目対象、経産省が省令改正(日本経済新聞,2023年5月23日)

[2]米半導体大手製品の調達禁止=G7に反発か―中国(時事通信,2023年5月21日)

[3]台湾有事で半導体停止「130兆円の打撃」 米情報機関(日本経済新聞,2023年5日)

[4]Stephanie Yang, Chip Makers Contend for Talent as Industry Faces Labor Shortage, Wall Street Journal, Jan 2, 2022

[5]Prachi Patel, U.S. UNIVERSITIES ARE BUILDING A NEW SEMICONDUCTOR WORKFORCE, IEEESpectrum, May 13, 2023

[6]10年間で15万人の人材を育成し、半導体スーパーギャップをリードする(korea.kr, 2022年7月19日)

[7]台湾 半導体の人材戦略 リスキリング講座も開設(NHK, 2023年3月8日)

[8]Katie Paul and Stephen Nellis, Meta announces AI training and inference chip project,Reuters, May 19, 2023

[9]文部科学省,次世代X-nics半導体創生拠点形成事業について, 2022年4月

[10]半導体・デジタル未来創造センターを設置します(三重大学,2023年3月23日)

[11]先端科学研究部附属半導体研究教育センターが設置されました(熊本大学,2022年4月1日)

[12]Matthew Humphries, Chinese Students Say Chipmaking Is 'Too Hard and Not That Well-Paid', October 5, 2022

2023年05月27日

半導体産業のワイルドカード

 昨今、大方が懸念していたとおり、新型コロナ株(BA.5株)の蔓延による感染者数の急増(第7波)により、再び騒がしくなりつつあり、従来の繰り返しが絶えない一方、2022年前半では、ウクライナ戦争をはじめ、国内外で予期しない事変も勃発しました。同様に、半導体産業においては、一転し、インフレによる景気後退への懸念によるエンドユーザー需要の減退及び過剰在庫が一部で顕在化するなど、これまた、従来からの予想を裏切らない潮目の変化を迎えているようですが、一方で、従来では遭遇しなかったワイルドカードを秘めていることを意識しておくことは必要であるように思います。
 最近、Bloombergは、米国が、オランダに対し、ASML Holding NVが半導体を量産するために不可欠な主流技術の中国への販売を禁止することを求めているという関係者への取材を報告しています[1]。同レポートによれば、ASML社はすでに、最先端の露光機であるEUVシステムは同国へ販売できませんが、アメリカの当局者は、ASMLが、モバイル機器、自動車、コンピュータ機器などの汎用先端電子機器向けの半導体製造に不可欠なDUVシステムの一部を販売することを禁止するようにオランダの対応者に働きかけているとの談を報じています。無論、その実現は容易ではなく、米国商務省とオランダ外務省はコメントを控えていることも報道していますが、米国側のこうしたロビー活動が自国の企業及び産業を超えて、今後、どう展開してゆくかには十分に注目すべきでしょう。
 一方、中国側に関しては、1ヶ月程度前ですが、「中国政府系の研究グループに所属するチーフエコノミストが、米国が対ロシア並みの制裁を中国に科すなら、世界最大手ファンドリ企業の台湾積体電路製造(TSMC)を手中に収めるよう中国当局に提言した」との報道がありました[2]。同ニュースによれば、これは、中国の経済政策全般の立案を担う、国家発展改革委員会が所管する中国国際経済交流センターの陳文玲チーフエコノミストによるもので、陳氏は中国人民大学重陽金融研究院が主催した先月の講演の中で、「特に産業チェーンやサプライチェーンの再構築でわれわれはTSMCを手中に収めなければならない」と述べたとされています。TSMCの担当者は陳氏の発言に関してコメントを控えたとのことですが、なんとも穏やかではない話です。
 話はさらにExtremeな方向に進みますが、こうした一連のニュースを目にし、年初に報道された台湾侵攻の抑止策に関する論文を思い出しました。その第1報は、Nikkei Asiaの記事であったと記憶していますが、同記事では、The U.S. Army War Collegeが2021年に発行した論文中、最もダウンロードされた論文として、2人のアメリカの学者が提唱した台湾侵攻の抑止戦略の論文の概要について報告しています。同記事中においては、その論文における重要な提言の1つは、"北京が侵略に動く場合、米国と台湾がTSMCの施設を破壊すると脅迫することである”と紹介しています。当時はウクライナ戦争も勃発しておらず、一般にはあまり話題にはなりませんでしたが、今日の状況を鑑みると再び気になる内容です。
 実際の論文は、Jared M. McKinney氏とPeter Harris 氏により書かれた "Broken Nest: Deterring China from Invading Taiwan(壊れた巣:中国の台湾侵攻を阻止する)”と題された論文[4]で、"Broken Nest"とは、中国のことわざで、”Beneath a broken nest, how(can) there be any whole eggs?(本論文より)"に例えられる掲題の解釈を意図しているようです。実際、論文を読んでみると、上記の記事で述べられている提言そのものよりも、台湾侵攻を合理的かつ効率的に抑止するための戦略的思考に重点があるように思われます(個人の感想ですが...)。
 論文では、台湾を巡る米中間の緊張状態に対して、米国側が態度を保留するー”あいまい戦略(strategic ambiguity)"が機能していた前提を示し、米国が中国側の増大するpowerに追随することが困難になっている近年では、米国側が軍事力の脅威による抑止(deterrence by denial)は効果的でなく、また、その戦略の結果として予期される有事においては両者のコストは莫大となることを主張しています。このような従来のアプローチに変わり、著者らは、ワシントン及び台湾のリーダーは「懲罰による抑止戦略(deterrence by punishment strategy)」を構築すべきであると述べています。具体的には、古くから焦土戦略として知られているもので、例え、占領したとしても「経済的、政治的、戦略的に受け入れがたいコスト」の脅威を提示するというもので、その事例として、”北京が侵略に動く場合、米国と台湾がTSMCの施設を破壊すると脅迫する”という提言とその効果について述べています。さらに、論文では、こうしたシナリオ戦略が信頼性を持ち、実際に機能するためのしくみ(自動メカニズム)やそれに付随し不可欠となる台北における緊急計画を策することにも触れられています。また、実際、類似の戦略(焦土戦略)は、第二次世界対戦中では、スウェーデンが当時、重要な戦略材料であった鉄鉱石鉱山に対して遂行されたとも述べられています。私は軍事アナリストではないので、こうした戦略思考を評することはできませんが、半導体産業がこうした視点から論じられることは、長い産業史でもはじめてであり、日本では実感しませんが、The U.S. Army War Collegeの発行した論文中、2021年で最もダウンロードされた論文としてグローバルには関心の高い話題であることは意識しておくべきではないかと思います。
 2022年も下期に入り、市況やビジネス計画に対して様々な見直しが行われる時期かと思いますが、国内外では予期できない事象が勃発している昨今、不測の事態は誰も予期できませんが、辻褄合わせのアップデートに留まらず、広い視野と構想力をもって見通すことが益々重要となっていると実感しています。

 

 

<参考文献/サイト>
[1] Jillian Deutsch, Eric Martin, Ian King, and Debby Wu, US Wants Dutch Supplier to Stop Selling Chipmaking Gear to China, Bloomberg, July 6, 2022
[2] Top Economist Urges China to Seize TSMC If US Ramps Up Sanctions, Bloomberg, June 7, 2022
[3] Ken Moritasu, Taiwan should destroy chip infrastructure if China invades: paper, Nikkei Asia, January 5, 2022
[4] Jared M. McKinney and Peter Harris, Broken Nest: Deterring China from Invading Taiwan, The US Army War College Quarterly: Parameters , Vol.51, No.4, Winter 11-17-2021

2022年07月15日

DX人材になるために必要な自助学習とは?

 ニュースにて、お知らせいたしましたが、カーネギーメロン大学のMorris H. DeGroot教授とMark J. Schervish教授による統計学の教科書「Probability and Statistics」の翻訳書籍が、『デグルート&シャービッシュ 確率と統計 原著第4版』[1]として、3月8日に共立出版より、出版されました。同書は、1975年の初版以来、アメリカの大学学部教育において、確率・統計学のスタンダードな教材として使用されている教科書です。良い書籍と呼ばれるものには、大きく、その時代に台頭している新たな事象や理論の提唱・考察を主題とするものと、時代に風化しない理論・観念を(特定な視点から)体系化した後世にも引き継がれる書籍の2つがあると思いますが、本書は後者に相当し、その日本語版の翻訳に携われたことは有難く、出版に向け、粘り強く監修していただいた、先生方には大変感謝しております。また、翻訳作業に従事していたころは、勤務に支障がなきよう、朝4~5時から業務開始前の時間と夜9時以降の時間、海外出張等の移動時間や週末に集中作業していた半年間も良き思い出です。

 書店に並ぶ数理統計に関する書籍も、原著(第4版)が出版されて以来、ここ10年で、大分、様変わりしました。2000年中頃からのデータサイエンスブームに加え、2010年頃からの機械学習/深層学習を中心とするAIブームから、近年ではDXへとデータ分析の社会ニーズが急拡大したため、書籍のコンテンツも、ノウハウ的なものやOne-point的なものが、大勢を占めるようになってきました(実務家には便利にはなりました...)。一方で、初学者や学び直しを希望している方々にとって、取りつきやすい書籍が見えなくなったように思います。もちろん、その道の大御所による専門的に記述された伝統的な教科書は今でも利用できますが、正直なところ、ハードルが高いと思います。このようなことを顧みると、この時期だからこそ、本書のような取り掛かりやすい”優しい教科書”(”易しい”ではありません)の価値は大きいと感じています。

 昨今、メディアにおけるDXスキル人材の不足と人材教育の重要性に関する話題は枚挙にいとまがありませんが、その多くは、大学教育体制やカリキュラムの変更、新たな企業DX人材教育システムの導入等に関するものであるように見えます。もし、DXスキル人材教育に公助及び自助というものが定義できるとすれば、大学教育等の公助的なシステムは、どちらかと言うと”次世代人材”の育成を目的としているように思えます。私も、自分自身でもやってみなければ、データサイエンスやAI及びDXに関する社会の動きは見えないとの考えから、様々な機会で、若い世代の方々と勉強させて頂いてますが、ここ5年位で、若い世代のDX人材は大分増えつつあることを実感しております(もちろん、まだ、十分ではありませんが...)。

 一方、社会・企業におけるDXを加速するには、現場の意思決定を担うシニア層やマネージメント層のDXのリテラシーやスキルの養成が重要ですが、私が携わっている業務から見る限り、こちらの方は進展が遅いとの感はいがめません。いわゆるリカレント教育にあたりますが、これは、公助的なシステムのみではなかなか難しいのではないかと考えています。その原因のひとつとして、シニアマネジメント層の方々は、リカレント教育の時間がとれないことに加え、多くの方々にとって、スキル以前に知識のファンダメンタルの再構築が必要であることがバリアのひとつになっているように思えます。

 昨今、DXの実現において、STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)人材が重要であるとも言われていますが、特化した知識の必要性を説いているわけでなく、素養となる知識のファンダメンタルの重要性を意味していると考えられます。そして、そのファンダメンタルとして、具体的には、「確率と統計」「線形代数(ベクトル、行列)」「解析学(微積分)」が挙げられるかと思います。実際、身近な実務課題に取り組むとわかるのですが、スキルレベルを超えて、アナリティクスやAIの実際、DX事例等の本質を理解しようとすると、アドバンスなレベルは不要ですが、これらの知識が必要になります。

 東洋経済によれば、企業組織における役員における理系比率は、最も高い電気・ガス業でも、40%弱にすぎません[2]。おそらく、実際の現場の意思決定を担うシニア層やマネージメント層においては、さらに、圧倒的に文系のバックグラウンドの方が多いのではないでしょうか?もちろん、文系バックグラウンドの方にも、3つのファンダメンタルに長けている方々もおられますが、私が様々な機会で、御伺いしている限りでは、多くの方々が、データ分析やプログラミングスキルの土台となる、ファンダメンタルに対する自助学習の必要性を感じておられるようです。

 私自身も、20年以上前に、うだつの上がらない電子材料研究員/エンジニアから、アナリストへ転身する際、財務、戦略、マーケティング等のファンダメンタルがまったくなく、自助学習で大分苦労した経験があります。その後、自助学習の知識をベースとし、ビジネススクール(公助学習)への入学に至りましたが、再び時代の節目に際し、ファンダメンタルの転換が必要とされる時代でのビジネスパーソンのリカレント教育には、さまざまな公助教育の機会の利用とともに、自助学習による新たなファンダメンタルの構築が必要不可欠であると実感しています。 私自身、一方的な価値観で書籍を押し付けられることは好みませんが、DX時代への対応として、本書が「確率・統計」について自助学習を目指す方々の参考になれば、何かの縁で刊行に携わらせて頂いた者として、嬉しい限りです。

 

 

【参考文献/サイト】

[1]『デグルート&シャービッシュ 確率と統計 原著第4版』:Morris H. DeGroot ・Mark J. Schervish 著、椿 広計・大野 忠士・領家 美奈監訳、浅野 美代子・上原 宏・大野 忠士・小川 貴史・髙井 勉・髙橋 沙織・成田 俊介・元山 斉・領家 美奈訳、共立出版、2022年3月

[2]"役員の「理系比率が高い」500社ランキング"、東洋経済オンライン

 

2022年03月09日
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