内生需要のダイナミクスの重要性

 本年もラストスパートに入りましたが、新たにオミクロン株によるコロナウイルスの感染拡大が懸念される一方、各国の経済活動の再開の動きから、さまざまな”モノ”の不足が顕在化してきました。また、年中を通じて、関心をさらった”世界的な半導体の不足”の話題も尾を引いています。

 ここ数ヶ月、一般のメディア情報や市場調査等とは、やや違った視点から、こうした問題に携わっているのですが、今回のような非平常時での、”顕在化する過不足問題(半導体に限らず)”に対応するには、抜本的に”需要の質”の評価が重要であると考えられています。一般には、”必要とする量(需要)”が必要な時に、入手できない場合には、”不足していると認識されますが、よく知られているように、需要は実際の生産需要に加え、在庫の補填やリスク回避のための仮需要等がふくまれています。後者を内生需要とも言いますが、こうした過不足問題の対応には、この内生需要の変動のダイナミクスを考慮した政策が必要になります。古くからの議論ですので、話題に新鮮味はありませんが、今回のコロナによる経済動乱により、その重要性がクローズアップされてきたように思います。

 こうした内生需要のダイナミクスは、特に、MITのJD.Sterman教授をはじめとして、幾人かの著名な研究者により、数々の報告がなされています。比較的最近にリリースされた論文[1]においても、サプライチェーンにおける内生需要のダイナミクスへの理解の重要性とその制御の難しさが唱えられています。図は、供給阻害の可能性(自然災害等)やリードタイムの変動が引き起こす内生需要の変動の因果ループダイアグラムを示しています注)。実際、これらに基づく動的なシミュレーションでも、こうした内生需要の急速な膨張・収縮が再現されていますが、さらに、著者らは、様々な産業で、こうしたループ構造の動きが引き起こされる大きな要因は、”買いだめ”に代表される人々に内在する「合理的思考による非合理的行動」によるもので、さらに、その根本の議論には、精神医学的および神経解剖学的な視点が必要であると指摘しています。

注) 補足説明では、内生需要が膨張する流れを仮定しています

出典: Sterman, J. D., Dogan, G.(2015)[1] 

 やや話が込み入ってしまいましたが、要は、内生需要の変動現象の因果をある程度、説き起こすことができるが、それを制御するには、行動心理に基づく問題であるがゆえに困難であると捉えることができると思います。また、どこまでの対応を求めるかによりますが、こうしたダイナミクスによる”過不足問題”の頻発について、単に供給キャパシティの増減や需要調整することは、対処政策にすぎないということは理解できます。ここでは、詳細は述べませんが、実際、ゲームシミュレーション実験による他の研究事例でも、需給バランスの均衡への効果的な判断は難しく、特に、一般には、流通している物流量が不明なので、認知できる在庫レベルの考慮のみでは、やはり不十分であることも示唆されています。さらに、因果ループ構造により、膨張した内生需要は、何かをきっかけに、反転し、収縮に向かいます。このモデルシミュレーション実験で、私たちに示唆深いのは、いずれの動きも、線形的ではなく、指数的に急激に変動することです。内生需要の急増->急収縮は、最悪の場合には、大きなバブルの崩壊に結びつきますが、その代表的な例は、よく知られているITバブルの崩壊(2001)でしょう。ITバブル期においては、通信機器メーカーである旧JDS Uniphase社のOrder Back logは、1998/midから2000/midの間に3000%へ膨れあがり、また、Cisco Systems社は、バブル崩壊後、約2.2B$の余剰在庫のwrite-offを行ったこと等が知られています[1][2]。

 一方で、今回の世界的な半導体不足問題においては、こうしたダイナミズムにはじめて(私が知る限りで)メスを入れるような動きが見られました。本年9月に、米国商務省産業局は、「半導体サプライチェーンにおけるリスクに関するパブリックコメントの要請に関する通知」を発表し、半導体サプライチェーンの様々な関係者から、現在の不足や関連する問題に関する回答を求めました[3]。その後、11月にレモンド米商務長官より、半導体不足に関する情報共有の要請に世界の全ての主要半導体メーカーが応じることを約束したとの報道あり[4]、さらに次いで、顧客情報は開示しないものの、台湾、韓国及び日本メーカーも開示に応じたことが報道されています[5][6]。

 こうした米国側の強い要請の意味について、日本では、スルーされ、あまり議論になりませんでしたが、上で示した需要変動のダイナミクスにおいて、それらの情報はその解析に重要な意味を持っています。実際、レイモンド氏は、「サプライチェーンの透明性の欠如が不信を招いており、何が起きているのか、半導体の行き先、買い占めや売り惜しみが起きていないかはっきりさせる必要がある。」と述べており、(前出[4])、その要請には、半導体の生産品目、能力、受注状況、増産計画等の情報開示を含んでいると報道されております。そして、要請により収拾された企業情報は、今回の問題解消への一過的な利用だけでなく、上述のダイナミクスの解析にも有効であり、その結果により、今後における半導体サプライチェーンにおける有益な戦略的判断への情報も引きだすことが可能になります。こうした背景には、おそらく、確固たる専門家のイニシアチブが働いていると推察されますが、それに基づく要請を行使できる政治力と合わせて、やはり米国は一枚も二枚もうわ手であるということでしょう。

 年末に入り、メモリー市況の軟化や車載向け半導体の不足もヤマを超えたとの一部報告もあり、今後の需要の動きが気になりますが、合わせて、こうした米国政府の動きをきっかけに、かつては、”学習しない産業”と言われていた半導体産業が、AI時代に入り、”ようやく学習してゆくのか?”が、2022年では注目されます。

 

 

<参考文献/サイト>

[1] Sterman, J. D., Dogan, G.,“I’m not hoarding, I’m just stocking up before the hoarders get here.” Behavioral causes of phantom ordering in supply chains, Journal of Operations Management, vol.39-40, pp. 6-22, 2015

[2]Larry Barret, Cisco unveils grisly details of $2.25bn write-off

https://www.zdnet.com/article/cisco-unveils-grisly-details-of-2-25bn-write-off/

[3]FEDERAL REGISTER: Notice of Request for Public Comments on Risks in the Semiconductor Supply Chain, September 24th, 2021

[4]All Major Chipmakers Pledge to Give U.S. Requested Data, Bloomberg, November 8th, 2021

https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-11-08/chipmakers-pledge-to-give-u-s-

requested-data-raimondo-says

[5]"TSMC、米当局へ半導体情報開示「顧客情報」は拒否", 日本経済新聞、2021年11月8日

[6]"サムスンやルネサスなど、米に半導体情報を開示"、日本経済新聞、2021年11月9日

 

2021年12月24日