2021年も、日々に追われるままに、早くも2月終盤ですね。この間、経済、産業、ビジネスの各分野において、専門家による今後の見通しに関するコメントがリリースされ、私も従事しているプロジェクトでは自身の考えをまとめるのにレビューさせて頂きましたが、現状、無理くりシナリオを描くよりは、当面は不確定性のマネージメントに注力することが重要になっていると実感しております。予測シナリオを考えているうちに、唐突に思い出したのですが、もう、10年位前になりますが、著述家で コンサルタントのDan Gardner氏[1]により書かれた、「専門家の予測はサルにも劣る」という著書があります。なんともSensationalなタイトルですが、これは日本語版のタイトル[2]で、何故そう訳したのかはわかりませんが、原著は「Future Babble」という著書です(翻訳版はすでに絶版ですので、中古書を入手するか、原著であればまだ入手することができます)。本の要旨は、タイトルの通り、専門家の予測は、社会、経済、テクノロジ、自然現象等のあらゆる分野で、ことごとく当たらないという実例と著者の考察が書かれています。専門家の予測自体を否定するものではないという前提で、予測の必要性も認めてはおりますが、なんとも耳が痛い話です。もっとも、こうした予測に対する批評は珍しくはなく、予測家への風当りはいつの時代でも強い側面があります[3]。この著書では、”何故専門家の予測は当たらないのか?”、”それでも何故、予測は必要とされているのか?”を社会心理学的な視点から論じていることがユニークな点です。著書では、カリフォルニア大学ビジネススクールで心理学を研究しているテトック氏の研究結果から、予測の結果が悪い専門家と比較的良い(平均点以上)専門家に対して、次のような特徴を指摘しています。
[予測結果の悪かった専門家の特徴]
*複雑性や不確定性に不安を感じる傾向がある
*(絡み合う)問題を減らしてゆき、理論上の核(アイディア)になるようなものに行き着こうとする
*結果としてたどり着く核のようなものを、テンプレートのように繰り返し用いて、予測する
*自信にあふれ、たどり着いた大きなアイディアが正しいことを確信している
[予測結果が比較的良い専門家の特徴]
*予測のテンプレートを持たず、多様なところから情報やアイディアを収拾し、予測を組み立てる
*常に自己批評し、信じているものが本当に正しいかを問いかけている
*間違いを発見したら、過小評価や無視せず、自分の考えを修正する
*自分が正しいことに自信が持てない
さらに、このような考察から、メディアの中で、自信たっぷりに、明解に、ドラマティックに語る専門家が一番予測が当たらない専門家であるとの指摘が続きます。実際、テトック氏の研究では、googleのヒット数を使って知名度を測った専門家284人の予測を比較すると、知名度が高い専門家ほど予測結果が悪かったとの結果が示されています。私自身、いままでに、様々なタイプのアナリストやコンサルタントといった専門家とプロジェクトに従事したり、予測機関のプロセスや詳細の構築に携わる機会がありましたが、その経験と照らし合わせ、こうした考察はある一面では本質をついているのではないかと思います。一方で、この著書の出版以来、ここ10年くらいでは、専門家による予測の位置づけや予測環境は大分変ってきているとも考えています。ひとつには、すでに過去のブログでも指摘いたしましたが[4]、少なくともビジネス及び経営の分野では、予測そのものが当たるか否かということより、予測プロセスに重点が置かれるようになってきたということで、予測プロセスを通じて、不確定性の同定とその対応に対する政策を明確にすることができるということです。第二に、近年では、専門家もデータサイエンスに基づく分析を積極的に取り入れることにより、著者が示唆する陥りやすいトラップを抑止することができるようになってきている点です。
分析を踏まえて、Gardner氏は、専門家に求められる予測姿勢として、「集団知」(多様な情報の活用)、「メタ認知」(妥当性の客観的自己批評)、「謙虚さ」(誤りを認める)の必要性を挙げていますが、私は専門家の知見+モデル分析による検証が、これらの条件を自ずから促す効果があると考えています。私自身、最近では、予測姿勢に対する暗黙知的な見解を問われる機会もあるのですが、予測分析に対して、以下のような指針を念頭においています。
1.予測の目的と予測すべき事象を明確にし、予測アプローチの妥当性を事前に確認する
効果的な予測を行う上では、その目的とゴール(何が見通せればよいか)をはっきり理解しておく必要があります。当たり前のように聞こえますが、実際、この点を曖昧にした専門家による予測も少なくありません。そもそも、与えられた環境下で予測可能な事象と不可能な事象の判断が必要ですが、可能な事象においても、あらゆることを予測事象として考慮することは不可能ですので、目的に応じて、予測事象を絞り込む必要があります。例えば、目的に対して、必要な予測情報が"長期トレンドなのか”、”サイクル的な変曲点なのか”、"トレンドの大きな転換点なのか”等で自ずから考慮すべき適切な情報及びその予測アプローチを選択する必要があります。
2.データや分析結果に真摯に向きあうー確証バイアスを防ぐ
これも陥りやすい点ですが、一端、予測結果の根拠や背景、ストーリーを思考に強く焼き付けてしまうと、それに適合した事象や情報のみを取り入れ、環境変化に対し、正しい判断ができなくなったり、見通しの修正が遅れたりすることがあります。これは、社会心理学的には確証バイアスとして知られていますが、得てして、私たちは自分の思考や好みにあった情報や事実のみを重視してしまう傾向があります。特に、今日では、SNSを通じて、自分の信念に即した事実を検索エンジンにより、検索し続けていると”Filter Bubble"[5]として知られる情報の偏りに陥る危惧があります。こうした情報バイアスを防ぐには、常にバイアスのないデータ及びその分析結果に真摯に向き合い、自説を批判的にみることが「メタ認知」につながります。
3.モニタリングを重視し、予測バイアスと不確定性の評価をアップデートする
いままでに従事した市場予測プロジェクトから感じることですが、予測において、”予測しっぱなし”の状態を継続している場合が少なくありません。概ね、経営・ビジネス分野での、予測プロセスは、予測方法(モデル)の構築・改良->予測検討->確定->モニタリング->チェック・検証->予測方法の構築・改良と、ビジネスサイクルと同調して繰り返されますが、確定後のモニタリング及び検証にあまり留意しないケースが散見されます。10年前と比較して、データモデリングの利用が普及している今日では、モニタリングの重要性が増してきています。実際、予測方法には、様々な思考や検討がなされる一方で、モニタリング手法に対しては検討が不十分なケースが多いようです。目的に合ったユニークなモニタリング手法は、予測及びシナリオからのバイアスの早期感知のみならず、単純にデータを追うだけでは見えない市場状態(潜在変数)などを可視化することが可能で、最適なモニタリングモデルは、ヒューリスティックな予測アプローチであっても、不確定性への予測評価に有効です。
現在のコロナ禍においては、誰も予知できなかったことが随所で起こっています。メディアは常に、”シンプルで明解な専門家の予測見解”を求めますが、残念ながら、従来の”テンプレート”に基づく専門家の予測に十分に頼ることは難しいでしょう。ITバブル崩壊、リーマンショック、大震災等の過去の混迷期でもそうでしたが、結局、正しい判断に貢献できるのは、Gardner氏の指摘にも通じる、現場に根ざした不確定性に向き合える専門家であり、近年のデータサイエンスやモデル分析の普及が、新たな専門家の知見構築に役立つものと期待されます。
<参考文献>
[1]https://dangardner.ca/mnt/volume_tor1_01/www/spark/dangardner.ca/web/about
[2] Dan Gardner:「専門家の予測はサルにも劣る」、2012年、飛鳥新社(原著:「Future Babble: Why Expert Prediction Fail - and Why We Believe Them Anyway」, McCielland & Stewart Ltd, Canada)
[3] William A. Sherden: 「予測ビジネスで儲ける人びと―すべての予測は予測はずれに終わる」、1999年、ダイヤモンド社
[4] ”ビジネス予測の目的とは?”(2018年8月2日付 ブログ記事)
[5] Pariser, Eli:「 The Filter Bubble: What the Internet Is Hiding from You」, Penguin Press 、New York, May 2011