最近、仕事関係のやりとりから感じるのですが、今後のハイテク市況見通しについて、足元の堅調さから、"今後の調整は限定的”と考えている方と”今後の動きは予断はゆるさない”とやや悲観的に見られる方と、分極しているように思います。また、昨今、国内の新型コロナウィルスの感染の広がりの見方についても、医療・感染症の専門家の方々からは強い警鐘がならされている一方で、”未だ深刻な状態ではない”との認識に基づく政策的な動きも加速しており、若干、社会混乱になっています。様々な立場やバイアスはあるにしろ、この見方の違いはどこから来るのかということを、あえてモデル論的視点で考えてみると、感覚として、現状を非線形的に捉えているか否かという点は大きな差ではないかと想像しています。
私たちの日常生活は、一定もしくは一定の変化のシステムや規律に従っていることが多いかと思います。こうした環境では、概ね予想が可能であり、その予測感覚が染みついています。一方、指数倍で変化する「べき乗則」などの非線形的な環境に適応することは、多くの方はあまり得意ではないのではないでしょうか?例えば、金融の専門家でない人は、複利計算が絡む金銭感覚には乏しいでしょうし、極端な例としては、”聖書のページと同じ厚さの紙を45回折りたたむと、その厚さはほぼ地球と月の距離に等しく、46回目ではその往復距離になる”[1]と聞いても、ほとんどの人は感覚としては響かないでしょう。実は、世の中では、こうした非線形な現象の方が頻繁で、同じく「べき乗則」が支配している例として、”森林火災の規模と災害面積”、”株価暴落の大きさと頻度”、”都市人口の大きさと都市数”、”個人資産額と資産人口”など、普段、遭遇しない事例が多数あるようです[2]。もうすこし、身近な日常の非線形も考えてみると、”子供の学習の速さへの感動"や”企業内のムダな仕事量はミドルマネージャーの数の二乗に比例する”といった、多くのサラリーマンが納得してしまう風刺もありますが、負の側面として、時として、今回の新型コロナ感染ウィルスの拡大のような、シリアスな歴史的局面も出てきます。
さらに、同じく、普段あまり感覚として馴染みのない非線形効果に、”遅延(遅れ)”があります。特に、時間に対して指数で効いてくる「指数遅れ」への対応は、やはり日常苦手とすることが多いように思います。昔からの身近な例を挙げると、多くの海外ホテルの客室のシャワーは,左側と右側に"Hot"と"Cold"と表示されたバルブレバーを適当に操作して、温度調節するようになっていますが(宿泊したことがないので高級ホテルの例はわかりませんが...)、実際の操作と出湯の温度変化には”遅れ”があるため、あれこれ操作しているうちに、予想以上に急に冷水や熱湯が出てきて、びっくりした経験をした方は多いのではないでしょうか?これは「指数遅れ」として捉えることができ、実際にモデリングの教科書でも取り上げられています[3]。原理を同じくする問題は、サプライチェーンの問題でも頻出しており、今回のコロナ感染の問題でも、重症患者数や入院患者数がどう突発するかなどの評価は、こうした非線形感覚が問われてきます。
今回のコロナ感染への対応に限らず、こうした非線形感覚をもって政策や経営を判断できるか否かは、今後は益々重要になってくると考えています。感染症の専門家や医療現場の方々は、(おそらく)日常から感覚的に理解していると思われますが、非線形に不慣れな人には、それほど響かないといった現状の分極を生んでいる、ひとつの要因であるようにも思います。普段、非線形現象を相手にしている専門家や微分方程式やシミュレーションに馴染みのある理系バックグラウンドの方は、感覚的に捉えることは難しくないように思えますが、概ね、企業の経営者やマネージメント層はそうでない場合が多く、複雑化する社会及び経営問題に対処しなくてはならない意思決定者が、日常生活ではあまり意識しない非線形感覚をどう体得するか?"という課題が、今後はクローズアップされてくるように思います。
実はこの課題は、日本ではあまり意識されていませんでしたが、海外のビジネススクールでは古くから重要視されていたようで、様々なゲームシミュレーションを使ったビジネスリーダーへのトレーニングが開発されています。Root Beer Game[4]などは古くから知られていますが、最近ではBig DataやFinTechなどのDXを意識した新たなゲームカリキュラムも開発されているようです。イノベーションプロセスは本質的に非線形でしょうから、加速するDXへの取り組みにおいても、非線形感覚を体得することは組織及び個人の成功にとって重要になってゆくでしょう。そして、こうした感覚を体得するには、組織内の身近な課題について、まずはモデル分析を積み重ねてゆくことが役立つと考えています。
<参考サイト・書籍>
[1]How folding paper can get you to the moon - Adrian Paenza
https://www.ted.com/talks/adrian_paenza_how_folding_paper_can_get_you_to_the_
moon/transcript?language=ja
[2]マーク・ブナキャン、水谷淳[訳」:歴史は「べき乗則」で動く、早川書房、2009年
[3] John D. W., Strategic Modelling and Business Dynamics: A feedback systems approach ,2nd Ed., Chapter 4, John Wiley&Sons Ltd., 2015
[4]Understanding the Beer Game-Using System Thinking to Improve Game Results
https://www.transentis.com/understanding-the-beer-game/