日韓半導体材料輸出規制の問題は、日本側が韓国をグループA(ホワイト国)から除外したことにより、さらに複雑化し、政治的には益々混迷を深めています。私も、前職では、IT調査会社で、半導体材料産業及び市場のグローバル担当アナリストを15年以上、務めていましたので、そこそこ専門的な視点はもっていましたが、現場と解離した政治的なアジテーションに関与してしまうようなことにはコメントする気にはなりませんでした。一方、事態の過熱につれて、昨今、業界経験者の方を含む一部の方々より、日本半導体産業への影響等について、極論的なコメントも見られるようになりましたので、このブログのテーマに即して、別な観点からコメントしたくなりました。
こうしたコメントや記事を見ると多くは、"if then"思考の連鎖によってストーリーを展開していることがわかります。"if then"思考とは、文字どおり、”もし、こうなれば...こうなる”という思考を積み重ね、課題や危惧を指摘するものですが、かなり細かいデータを列挙して説明してゆく場合が多く、一見、ロジカルに映りますが、かなり偏った結論に至ることがあります。私もアナリスト時代にしばしば、陥ってしまった経験がありますが、例えば、90%で起こると確信のある事象でも、単純計算では、同様な確信がある10の連続の事象が起こる確率は35%程度になり、そのうち、一事象の実現確率がほとんど起こらない(実現確率:1%)となれば、シナリオ確率は3-4%になってしまいます。このような、結果的にバイアスを有する思考に陥らないためには、ストーリーにカウンターとなる基本質問を自ら問うことが有効となると思います。今回の問題では、私は貿易問題の専門家ではないので,”TSMCなど大手半導体製造企業が属する台湾はグループCに属するようだが、何の支障もないのはなぜか?”、”具体的に、グループAとBでは、輸出手読きのどこが違うのか?、特別一般包括許可では不都合が生じるのか?、個別申請は、初回以降は、手続きはルーチン化できないのか?”などの答えるべき基本質問が、浮上します。
さらに、昨今の日本企業からの影響を排除するために、半導体関連を含む重要製品の内製を促進し、そのための研究開発費(7年で約6800億円)を投じるとの動き(報道)に対しては、”仮に性能的に内製化に目途がついたところで、材料製品価格の上昇やスイッチコストを加味すると、メモリー製品価格の上昇はどのくらいになるか?”など単純な質問が浮かび、合理的な世界企業がどう常識的な経営判断するかは、良識的な考察はできるので、不要な"if then"思考の連鎖は再考できるかと思います。また、SEMI(業界団体:Semiconductor Equipment and Materials International)からは、”半導体・エレクトロニクスサプライチェーンへの影響の理解”を求める声明がリリースされたようですが、ビジネス事情と解離した政治的な動きや極論は、不要な混乱を招くので、妥当な対応であったかと思います。
ここからは、個人的な経験になりますが、半導体・エレクトロニクス業界は、conservativeな割にはsensational な話題が好きなようです(笑)。"スーパーサイクル”とか、”XX不足の深刻化”などと言った話題が絶えません。話題提供もビジネスの一環ということかもしれませんが、一方で、実際に、騒がれた懸念がそのとおり、話題ほど実害として大きく顕在化した事例は、不測の事態を除き(金融危機や自然災害等)、あまり覚えがありません。おそらく、それは、企業間のビジネスに対する合理的理解と実際に直面している方々の冷静な判断と対応の賜物と思いますが、今回の件も、外部の過熱する懸念とは一線を画し、日韓の企業の相互メリットに基づく、粛々とした経営対応がなされ、業界騒動は収斂してゆくことを期待しています。