テクノロジ・チェーンと米中間のハイテク覇権争いを支配するもの

 米中間の貿易摩擦は、中国側によるさらなる関税制裁処置が発表され、解決への糸口はまったく見えませんね。この攻防の裏には、今後の米中間のハイテク産業への覇権争いが本質にあるとさまざまなメディアで報告されております。具体的には、AI/ビックデータによるデータ駆動型社会におけるデジタル産業の覇権争いであると推察できますが、過去のハイテク産業の覇権争いでは、これほど、あらゆる手段で米国側が覇権の堅守に強硬に動く場面はありませんでした。その理由はひとつではないと思いますが、過去のハイテクイノベーションでは、米国の主導が圧倒的でありましたが、おそらく、従来と異なり、今回の”AIイノベーション”については、米国側はかなり覇権を制する可能性に危惧を抱いていることが大きいと個人的には感じております。少し前に、ファイナンシャルタイムスのチーフ・エコノミクス・コメンテーターのマーティン・ウルフ氏が、「中国のAI 7つの優位」と題するコラムをリリースしており[1]、こうした問題に焦点を当てています。その内容は、Google ChinaのCEOを経験した中国のハイテク分野のベンチャーキャピタリストの李開復氏の最近の著書「AI Superpower, China, Silicon Valley and the New World Order」[2]の内容に関するコラムです。私も原書に目を通しましたが、すでに”AIイノベーション”の覇権争いは、”専門家間の研究開発”から”実際にどう社会的に活用するか”への競争に入っており、米国と中国がその覇権を支配することに間違いないが、中国には次の7つの優位性があると指摘しています。

1)最前線のAIの研究成果は、インターネットを通じて容易に入手できる(技術優位性の時間的短縮)

2)中国経済は起業が活発で、競争は厳しく、模倣といえども、優位ならば積極的に取りいれる環境がある

3)中国都市は人口密度が高く、配信、サービスなどの需要が高い

4)また、サービス産業は後発であることから、既存のサービスビジネスが手薄で、新興ビジネスの成長阻止要因が少ない

5)ユーザー人口が圧倒的に大きく、経験やデータ蓄積に大きく優位となる

6)政府からの手厚い支援がある(現在、論点となっていますが...)

7)欧米に比べて、プライバシーの侵害についての許容が大きい

 また、同書では、AIの社会的な活用度を評価する領域として、①インターネットにおけるAIの活用(Internet AI)②企業によるAIのビジネス利用(Business AI)③顔や画像認識などのAIによる認識技術の活用(Perception AI)④自動運転などのAIによる自律技術の活用(Autonomous AI)を取り上げており、現状では、②及び④の領域では米国が大きくリードしているものの、①及び③ではほぼ互角であり、5年後には優位は逆転し、③及び①では、中国がリードし、④でもほぼ互角の展開に至り、米国のリードは①のみに留まると予想しています。かつて、日本が半導体産業を代表とする”ナノテクノロジ”を大きくリードしていた時代には、日本の持つ固有の社会システムや日本人の思考自体が、ナノテクノロジの推進の優位性になっているとの考察がありましたが[3]、先般の米国側の強硬な政策は、今回の"AIイノベーション”においては、同様に、中国の固有の社会システムや行動特性が覇権争いでは有利になるということを米国は予見しているようにも思えます。

 現在、テクノロジ・チェーンを遡り、米国側は、ファーウェイへの制裁包囲網を中心に、"AIイノベーション”の実現に不可欠な半導体デバイスや電子部品などのハイテク技術の流失の防御のための制裁を行い、一方、中国側はこのボトルネックの解消のために、2025年を目途にキーデバイスと付帯技術の内製化政策を打ち出していますが、今後の覇権争いの進展次第では、テクノロジ・チェーンの包囲や供給主導争いの範囲は、さらに拡大する可能性もあると思います。結局のところ、テクノロジ・チェーンを遡れば、デバイス製造に不可欠となる、先端半導体製造装置やシリコン材料にまで広がるかもしれません。そして、そこでは、日本企業が未だ大きなシェアを保っています。残念なことに、日本企業は、”AIイノベーション”の覇権争いでは、蚊帳の外の勘が強いですが、”AIイノベーション"を巡る米中間のハイテク産業への覇権争いにおいては、今後の展開次第では、新たなポジションで日本企業が影響力を示すかもしれません。

 

[1]中国のAI 7つの優位

:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44244690W9A420C1TCR000/

[2] AI Superpower, China, Silicon Valley and the New World Order

:https://www.amazon.co.jp/AI-Superpowers-China-Silicon-Valley/dp/132854639X

[3] 「縮み」志向の日本人

:https://www.amazon.co.jp/「縮み」志向の日本人-講談社学術文庫-李-御寧/dp/4061598163

2019年05月31日